── 止まることは、後退ではない
何もしていない時間に、
不安になることはありませんか。
「このままで大丈夫だろうか」
「何かしなければ、取り残されるのではないか」
静かな時間ほど、
そんな声が浮かびやすくなります。
でもその不安は、
あなたが怠けているからでも、
意志が弱いからでもありません。
魂が動く前の“静止”を、私たちが忘れてしまっただけなのです。
何もしないことが、怖く感じる理由
私たちは長いあいだ、
- 動いている=価値がある
- 何かしている=前に進んでいる
そんな感覚の中で生きてきました。
だから「何もしない時間」は、
無意識のうちに
止まってはいけない時間
として扱われてしまいます。
けれど魂の動きは、
一直線ではありません。
波のように、
満ちて、引いて、
また満ちる。
引いている時間も、動きの一部です。
調律に必要なのは「入力の停止」
魂が整い始めるとき、
多くの人に共通するのが、
- 情報を入れたくなくなる
- 人と話すのが少ししんどくなる
- 静かな場所に身を置きたくなる
という感覚です。
これは不調ではありません。
魂が、
外からの入力を一度止めて、
内側の音を聴こうとしている状態です。
音楽でも、
ノイズが多い場所では
繊細な音は聴き取れません。
魂も同じです。
「何もしない」は、何も起きていないわけではない
外から見れば、
何も変わっていないように見える時間。
けれど内側では、
- 感覚が整理され
- 違和感がほどけ
- 本来のテンポが戻っていく
とても静かな再編が進んでいます。
これは、
行動の準備期間ではなく、
存在の調整期間と呼べるもの。
無理に動き出そうとすると、
かえってズレが大きくなることもあります。
何もしない時間に、していていいこと
「何もしない」と言っても、
完全な無為である必要はありません。
たとえば──
- 目的のない散歩
- ぼんやりと窓の外を見る
- 呼吸に意識を向ける
- 意味を考えずに音楽を聴く
共通点は、
成果を求めていないこと。
評価も、改善も、達成も、
そこにはありません。
ただ、
今ここにいる感覚を、
取り戻しているだけです。
魂は、静かなところで方向を定める
人生の転換期や、
次のフェーズに入る前ほど、
「動けない」
「何もしたくない」
という期間が訪れます。
それは、止まっているのではなく、
魂が次の軌道を測っている時間。
羅針盤が揺れを止めてから、
正しい方向を指すように。
魂もまた、
静まったあとに、
自然と向かう先を示します。
止まることを、自分に許す
もし今、
動けない自分を責めているなら。
今日はひとつだけ、
自分に許可を出してみてください。
「今は、止まっていていい」
それだけで、
魂は少し安心し、
調律は静かに進み始めます。
次の記事では、
調律が進んだあと、
どんな小さな変化が現れるのか
について綴っていきます。
何もしない時間は、
あなたを置き去りにしません。
むしろ、本来の場所へ、
やさしく連れ戻してくれます。

